オリエンティア Advent Calendar

オリエンテーリングを語ろう。

2017年のオリエンティアがどんな靴をはいてオリエンテーリングをしているのか頑張って調査してみた件

 私は道具が大好きだ。山に登るのも好きだし、オリエンテーリングをすることも、走ることも好きなのだが、それに負けじ劣らず好きなのがそのアクティビティを支える道具である。道具がなければ人類はここまで進化をしなかった……ということを人類学者が書いた本に書いてあった気がする。靴がなければ私たちはオリエンテーリング中に、あんな危険な不整地を猛スピードで走ることなんてできないだろう。靴という偉大な発明に感謝を、先人の偉大な知恵に感謝を、私たちオリエンテーリング愛好家は捧げねばなるまい。人間一匹の力では到底出すことのできないパフォーマンスを引き出してくれる道具を、見ることが、買うことが、作ることが(あんま得意じゃないが)、そして何よりも使うことが大好きなのである。


 これまでのAdventの流れに合わせて私のことを知らない人のために、簡潔に自己紹介をしよう。私は現在早稲田大学に在学をしておりトータスにも所属しているオリエンティアだ。普段は勤勉な(諸説ある)地理学徒として地理の勉強に励みながら(学徒としての集大成である卒論という課題から逃避してこれを書きながら)、オリエンテーリングに情熱を注いでいる一学生オリエンティアであるが悲しいことに主要大会での実績はほぼない。趣味はオリエンテーリング……のほかに登山、トレランなど多岐にわたる。道具が好きすぎて新宿の某アウトドア用品店でバイトを始めて3年が経ち、某王手アウトドア用品メーカーM社やG社に就職するか真剣に悩んだ。以上が私の簡潔な(諸説ある)自己紹介である。


 かねてより疑問に思っていたのが、どうして学生のオリエンティアはほぼ自分が使うオリエンテーリング用のギアにこだわりがあまりないのか?という点であった。オリエンテーリングに適した装備というのは必ずあるのに、それをそろえないというのは、武器を持たずに戦に出ようとする武士そのものではないか。特に必要となるのはコンパスとシューズだけといっても過言ではないオリエンテーリング、いくら高いコンパスと靴を買ったって合わせておおよそ3万円だ。1か月学生がアルバイトをしていれば買っておつりが出る金額にどうして投資をしないのかがかねてからの疑問であった。先日、そういう思いと自分の趣味的なところが合わさり、よさげな靴の存在を知ってほしくシューズガイドなるものを作ったところ、結構な反応(当社比)もらうことができた。実際にアルバイトでシューズガイド先輩から教えてもらいました!貴方が作った人だったんですね!みたいな新人も接客した。

 

 と、言いつつも今回の記事はシューズガイドではなく、これも以前に興味があり調査を勝手にした「エリート選手が一体どういうギアを使っているのか?」というものがあるのだが、そのことをもう少し掘り下げてみた。インカレのエリートというのはあくまでも学生という生涯スポーツに位置づけられるオリエンテーリングの中ではほんの一部の範囲でしかない。そこで今回は、学生のみではなく日本の頂点を決める大会である全日本大会と、幅広い年代の参加者が集まった第37回早大OC大会の参加者が使用していたシューズを調査し、過去のインカレの調査事例と今回調査をした2件を踏まえて、そこから考えられる事項について検討する。

●全日本スプリント(2017/11/25)の調査結果


 全日本スプリントを調査した理由はトップ選手が多く集まる大会であるため、エリート層の使用シューズを調査するという趣旨に添うこと、調査するための素材(写真)を筆者が豊富に持っていたことが挙げられる。今回は決勝出走44人中37人の調査に成功をしたので結果をここに報告する。なお、全選手分の報告がなされていないのは、私が手元に持っている調査資料が不足していたためである。しかし、出場選手の約8割の選手の調査がなされており、統計的に有意なものであると考えている。

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全日本スプリント決勝進出者の使用シューズ

 調査結果は調査資料(つまりは選手の写真)の不鮮明さなどから特に使用しているコンパスなどは正確ではない点もあるかもしれないので、その点はあらかじめご了承いただきたい。


 今回はスプリントであったがフォレストを走行する部分が非常に多かったためにランニングシューズではなくトレランシューズ、あるいはO-シューズを選択する選手が非常に多かった。その中でも圧倒的なシェア率を誇っているのがイギリスのシューズブランドであるInov-8のシューズであった。約過半数のシェア率をたたき出していることは驚異的ともいえるだろう。

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決勝進出者の着用シューズメーカー別割合

 Inov-8のシューズの中でも圧倒的着用率をたたき出しているのが表でも色を付けている、2008年に発売されてから約10年経過しても大幅なモデルチェンジはされていないロングセラー商品、「x-talon212」とそれをベースに開発をされている200、225のx-talonシリーズだ。この人気は日本のみではなく、世界のオリエンテーリングの大会映像を見ていても、トップオリエンティアが履いている姿が確認できるほどの人気を誇っている。何といってもその最大の特徴が軽さ、そしてグリップ力の高さである。Inov-8のシューズの中でも最も粘り気の高いスティッキーラバーを採用し、細身のデザインで(2015-16で幅広のモデルが発売されたが履くなら細身がおすすめ)コントロールがよいところが最大のセールスポイントであろう。筆者も最初に履いたオリエンテーリング用のシューズがx-talon212だった。ひもが改良されたり、アウトソールが変わったりと、マイナーチェンジは少しずつされているのだが、その根幹のグリップ力の高さと軽さの両立というのはまったく変わっていない。若干ソールは薄いかもしれないが地面を強くとらえるためのストロングポイントだということを思えばその薄さも利点になりえる。もちろん、ふみ抜きには細心の注意を払う必要があるが。


 Inov-8以外ではトレイルラン業界ではInov-8よりも高いシェア率を誇るSalomonが二位に。SpeedCrossシリーズを筆頭にグリップ力の高いシューズがオリエンテーリングでも活用できるということで人気を誇っているようだ。SpeedCrossはpro、S-LABシリーズのほうが靴が軽くなり、靴としてのクオリティは高くなり保水もしにくくてオリエンテーリング向きであるが、その点、エリートでSpeedCrossを履いていた両名はProを履いており、よいチョイスだと個人的には感じた。


 もちろん、スプリントということでランニングシューズを履いている選手もいる。今回はランニングシューズを履いている2017年のインカレスプリント覇者のT市選手だが、フォレストではx-talon212を着用している(たしか)。


 今大会では圧倒的な着用率を誇ったのがInov-8であった。エリート選手層で圧倒的な人気を集めているシューズがInov-8といえる結果が以上のことから判明した。それをもう少し視野を広げて、エリート以外の選手が履いているシューズがどういうものなのか、という点から比較したい。

 

●第37回早大OC大会での調査(2017年2月)

 

 全日本スプリント決勝と違い本大会は出場することに資格等は必要なく、申込者すべてがレースに出走することが可能である。参加する年代層も非常に広く、中高生のようなジュニア世代から、競技者の中心である大学生、そしてシニア層も参加しており、エリート層に限らない非常に広い対象を調査することができた。今回の調査では大会参加者すべてではないが約半数である208名の調査に成功をしており、統計的に有意義なデータとなっていると思う。その結果を以下のグラフにまとめた。

 

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第37回早大OC大会参加者の着用していたシューズメーカー別仕訳

 全日本スプリントでは過半数のシェアを誇っていたInov-8のシューズだがトップシェアを維持していることは同じではあるが、若干その数値、シェア率というのは下がっている。今大会の着用者数は64人で、シェア率は31%となっており、シェア率の割合は全日本大会に比べると落ちている。Inov-8の中での内訳を覗いてみると、全日本スプリントではx-talonが圧倒的な数値を誇っていたが、x-talonを履いているのは約半数で、残り半分はほかのモデルを着用していた。以下にInov-8のシューズの種類について仕訳をしたのでその結果を報告する。作りが似ているモデルごとに同じ色で仕訳をしている。仕訳をしてみてもどのモデルともオリエンテーリングに適したものが多く、Inov-8の不整地に強いシューズが愛用されていることがわかる。(カテゴリー的にはtrailrocのみが不整地向けではないモデルである)全日本スプリントの時はテレインの制約上見られなかった金属ピン付のシューズを使用しているひともみられた。以前私が作成したシューズガイドで一押しにしているMudclaw300も6人はいている人が見られたことは非常に喜ばしい。ぜひもっと多くの人にはいてもらいたいものだ。

 

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Inov-8シューズ内訳

 Inov-8の次にシェア率が高いのはSalomon(23人/11%)だった。サロモンの靴で最も着用率が高かったのがスピードクロスシリーズであった。シェア率的には全日本スプリントの結果と変わらないという結果になっていた。SalomonのシューズはInov-8のシューズよりもソールが固めにできている。Inov-8の地面感覚が苦手な人はSalomonの靴を購入することを考えてもよいだろう。


 その次にシェア率が高かったのがなんとサッカースパイクであった。サッカースパイクの良さは何といっても価格の安さと頑丈さ、ラグの深さからくるぬかるみへの対応力であろう。サッカースパイクを着用しているのは主に大学生が多かった。その中でも最も着用している割合が高かった大学が東北大学の学生であった。どうやら以前に実施したインカレでの装備調査の結果と合わせて考えると東北大学の選手はサッカースパイクを駆る選手が多いようだ。いったい東北大学のどういう風習がそのようなことをさせているのか興味がある。


 アイスバグのシューズはエバニューが代理店を降りてしまったから日本にはほとんど入ってこなくなってしまった。北欧のメーカーなのでかなりタフでピン付のシューズも作っているメーカーだが、日本では手に入りにくくなっているのが残念である。なお、ヨーロッパではメジャーなO-Shoesメーカーである。スウェーデンの現役最強の女性オリエンティアTove Alexanderson はアイスバグのSPILIT6 OLXを履いてWOC2017を走っていた。


 Jalasなどの屈強なO-Shoesを履いている人もいた。日本では手に入りにくいシューズであるがゆえに、シニア世代に履いている人が多い印象を受けた。(Jalasはオリエンテーリングシューズの製造をやめてしまった。)トレッキングシューズ、ランニングシューズなどオリエンテーリングに決して向いているとは言えないような様々な靴を履いて出走している参加者が見受けられたのも、幅広い年代、経験を持っている人たちをを集めている早大OC大会だからこそ見えてくるものである。

 

●結果を受けての考察

 

 オリエンテーリングをするうえで必要となる道具というのはそんなに多くない。世界選手権の映像を見ていてもフォレストでランニングシューズを履いている人は見たことがないようにシューズはオリエンテーリングに適したものを選択することが非常に大切である。その点、今回と前回の調査から大半のエリート層とも呼べるオリエンテーリング愛好家はオリエンテーリングに適したシューズを選択していることが判明した。Inov-8のシューズが愛用されるのは高い悪路の走破性と合わせてスポーツ用品メーカー大手のデサントが展開していることによる販路の広さが関連していることは間違いがない。海外ではInov-8以外にもVJやIcebugのシューズが販売されているが現状、その両社の靴を日本国内で手に入れることはかなり努力をする必要がある。これでは広がりは見られないだろう。今後その点が変わるのかという点には注目をしていきたい。というかInov-8の靴の寡占市場化しているのはよくない。選択肢をギア好きとしてはぜひ、作ってほしいと願っているが、かないそうもないので悲しい。(ということで自分はInov-8以外のシューズがないかなーと思い、SalmingというメーカーのElementsという靴を現在使っている。現在のところ日本でこの靴を使っている人を自分以外に見たことがない。使用レポートはこちら


 一方でオリエンテーリングに適した靴を選択するということが早大OC大会の調査からまだまだ全体には普及しきっていないこともわかる。不整地を走るオリエンテーリングでは足元を守るということが非常に重要である。ふみ抜きなどのけがのリスクが常に付きまとうのがオリエンテーリングという競技であるがゆえに、そのリスク、オリエンテーリングに適した靴を選択していくメリット、大切さというのを窓口となるクラブ・練習会が周知していく必要はあるだろう。特に、多くの新人が毎年加入する大学クラブでは、リスクを避けるという点でも不整地を速く走るという点でもぜひ、オリエンテーリングに適した靴を選択するように伝える努力をしたほうが良いだろう。靴を見るべき時に注目をしてもらいたいことは①ソールのラグは深いか?6㎜以上あるものが望ましい ②ソールは不整地に耐えうる出来になっているか?アウトソールですべて足裏が覆われており、ミッドソールがむき出しになっているシューズではないか? ③側面やアッパーの素材は頑丈か? アッパーが薄くないか、あるいは側面が補強されているかどうか?―― あたりを気にするだけでふみ抜きなどのリスクはぐっと減るだろう。


 近年、OMMJAPANのようなトレイルランニングとは一線を画したアドヴェンチャーレース的イベントも人気が出ているが、不整地に踏み出すOMMの参加者の姿を見ていると、半そで短パンのようないでたちで肌が露出しており、やぶこいだ時にひどく痛そうだなあという格好で心配するケースも多い。靴含めて、オリエンテーリングに適した装備というのには身体を外傷から守るという役割を果たしているのだということに理解がされるといいなと思っている。


 今回の考察は以上で終わりになるが、私はやっぱりギアが好きなのでこれからもオリエンティアが使っているギアの動向には常に目を配らせて、また報告できそうなことがあったら報告をしたいと考えている。

 

☆おまけ①☆


 X-TALONファンの人にはうれしいニュースが届いている。2018年の春からX-TALONシリーズに新しいラインナップが追加される。「X-TALON230」である。これまでの粘り気のあるスティッキーラバーを改良し、ニュースティッキーラバーとしてさらにソールの耐久性とグリップ性が向上したという話である。これは先日プレスリリースがあったが、「グラフェン」という鉄の100倍の強度を誇るカーボン性のコンパウンドが配合されることで実現しているらしいものをつかうようであるが、果たしてその実力というのはいかほどなのか。難しいことはよくわからんがすごそうだ!今からわくわくが止まらないギア好き。同時にX-TALON210も発売だ。


2018 Inov-8 X -Talon 230 Introduction


 さらに来年の春からは海外ではすでに展開されているOROC280V2が日本にやってくるという話もある。ピン付シューズの絶対数が少ない日本でピン付シューズを手に入れるチャンスが通らいしているといってもよいだろう。ああ、両方ともほしい…。

 

☆おまけ②☆


日本にもW-OLのコンパスが入ってきてにわかに活況づいているのがオリエンテーリング用のコンパス市場。その中でも私が少し興味を持っているのがSUUNTOのコンパスである。SILVAやMOSCOWにもあるレインボウにカラー分けされたオリエンテーリング用のコンパスがひっそりとSUUNTOから日本でも発売されている。それがAIM-6AIM-30という両モデルである。
 SUUNTOのコンパスで有名なのがARROW30だが、カプセルは小さくて持ちやすいが若干針がっぶれやすいということが常に気になっていた。そのぶれやすさは改善されているとのことである。実際に使っている人を見たことがないのであれなのだが、その性能を確かめてみたいものだ。誰か使っている人がいたら感想を教えてください!

 

注1:仕訳不能になった理由は、写真が不鮮明、そもそも分類ができない(地下足袋)などが挙げられる。